◆五嶋慎也氏プロフィール

香港「GODENYA」オーナー兼燗付け師。日本酒文化プロデューサー。1980年生まれ。20歳の時に懐石おでんの店で働いた際、日本酒に開眼。日本酒セミナーの講師や日本酒のイベントを国内のみならヨーロッパや東南アジアでも開催するイベントプロデューサーの傍ら、東京押上でおでん屋「ごでん屋」を開業。拠点を日本から海外に移し、2015年6月香港セントラルのウェリントンストリートに「GODENYA」開業。広東料理とフレンチを取り入れた創作和食とお燗酒という独自のスタイルで満席状態の人気店となっている。

   
   
編集部 今日は、グローバルな日本酒活動をされている、五嶋慎也さんにインタビューさせていただきます。五嶋さんは、香港進出前は、弊社展示会外部スタッフとしてご協力いただいていました。お燗酒特設ブースでそれぞれのお酒にあわせた温度でお客様に燗付けを担当されていたので、ご存知の方も多いと思います。今日は、こだわりの燗酒の香港店開業迄のいきさつや香港酒事情など近況報告を兼ねてお話いただきます。まずは改めて五嶋さんと日本酒の出会いからお願いします。

五嶋  

大学時代に懐石風おでんやさんで、日本酒に巡り会いました。話せば長くなりますが、そのお店で自分ができること、お客様に何ができるのかを日々悩んでいたときに地酒と出会い、大将に相談し、“地酒担当”としてやらせて頂くことになり、どんどんのめりこんでいきました。


編集部

学生時代の懐石風おでんやさんの時代からお燗酒を提供していたのでしょうか?

五嶋  

学生時代のその店で、おでん鍋で燗をするスタイルで気軽に燗ができることもあって、純米酒、 生酒、大吟醸、古酒などすべてのお酒を様々な温度に燗して楽しんでいました。その時に、まだまだ日本酒の常識というのも間違っていることがあると感じ、独学で学ぶ決意をしました。
 
 
GODENYAで燗をつける五嶋氏

編集部 

日本文化として、日本酒を広めたい。大学での卒論も「日本酒の海外消費量の研究」と伺いました。最初から目標は 海外にあったのですね。

五嶋  

そうですね。大学の卒業論文で海外消費量の研究を行ったときから、日本酒が海外における需要と国内の蔵元や消費量の減少、更に言えば日本文化の復興に一躍かえると思ったからです。日本酒はアルコール飲料というくくりだけでなく、日本の食文化、農業、器文化(芸術文化)の衰退を防ぐことになると考えました。そして更に日本人の和の精神の象徴でもある日本酒が世界に広まったとき「平和の象徴の酒」として平和に貢献できるのではないかと思い、そこに「日本酒を 世界に」という私のミッションが生まれました。2003年くらいのことだったと思います。

編集部 

卒業後も、飲食関係に進まれたのでしょうか。

五嶋  

卒業後は、「日本酒を世界に」というミッションのもと成長したく、飲食店勤務、築地市場の仲買 から、農業まで経験し、勉強してきました。日本酒の為のイベントスペースを経営し、飲食店を開業するようになりました。毎年、ヨーロッパやアジアでのジャパンフェスティバルへの出店、自ら主催の海外試飲イベント、レストランペアリングイベント等、積極的に行っていました。その後は「日本酒が世界の食中酒であるためにどうすればよいか?」という軸のもとステップを歩み、東京にて2009年から2年間、日本酒イベントを中心に行うイベントスペースを経営し、その後、出張お燗番など行い、更に燗の技術と食とのマリアージュを研究する為に飲食店を行うことを決めました。

編集部 

自分のお店を開業されたのはいつですか。

五嶋  

2011年に誕生したのが押上の「ごでん屋」です。このお店では出汁をすべて変えた懐石おでんのコース、1品1品に日本酒を変えて提供するスタイルの始まりでした。出汁と日本酒のマリアージュの研究です。2013年に曳舟に移転し、名前を「ごでんや」に改めました。そこでは創作フレンチのコースに一皿ずつ相性の良い日本酒を適温で合わせるコースを行いました。

編集部 

そして、国内にとどまらずに、海外進出されるのですね。五嶋さんのファンも大勢でき固定客もいるのに、お店を閉めるのは勇気がいりますね。

五嶋  

ありがたいことにお客様に恵まれ順調でしたが、計画通り2014年で国内のお店を閉店し、海外出店に鍛冶をきりました。8ヶ月に及ぶ開業準備の末、2015年6月にGODENYA香港店をオープンすることができました。今回のお店は和食、フレンチに少しだけ広東料理の要素を取り入れたコースに日本酒を1品1酒合わせるコースとしました。

編集部 

ただ、国内での感覚と香港での見られ方、また世界基準も異なることと思います。日本のアイデンティティーも外から見るととっても新鮮にみえますが、その見せ方が非常に重要になってきますね。

五嶋  

国内でも海外においても「日本酒にどのように価値をつけていくか?」ということを常に考えています。その中で考えたのが「燗付け師」という燗のプロフェッショナルでした。もし私の燗に1日100万円を支払う人が出てきたら、日本酒の価値は相対的に上がったということになります。現在1升瓶で3000円とか4000円で売られている現状では、蔵元及び、農家もやっていくことができず、衰退してしまいます。日本酒の価値をあげること、そして高価格帯で取引される日本酒を蔵元が販売することができる 環境整備をすることが私の役目だと思っています。そして香港においても、「燗付け師」という燗のプロフェッショナル、料理と燗のマリアージュのプロフェッショナルとして、価値をつくることを最優先事項として進んでいます。

編集部 

まず、海外進出の初めての場所に香港を選んだ理由は?

五嶋  

広東料理は世界でもっとも広まっている料理の一つです。ところが、下見に来た際、広東料理の香港のお店ほぼ全てでワインがメインとなっていることを目の当たりにしました。そんな中、数々の 広東料理を食べてみて、日本酒の持つ旨味がとても合うと感じ、“燗酒”により日本酒を伝えたいと感じたからです。今のGODENYAの料理には広東料理の要素をなるべく組み込むようにし、広東料理と燗の相性の良さを香港の方々に知ってもらいたいという狙いがあります。

編集部 

GODENYAは、連日、満席状態ですね。

五島  

有難いことに3ヶ月は予約が取れない状態となっており、少しずつ世間での価値は上がってきていると感じております。

編集部 

現地での準備期間で、戸惑ったことなどはありましたか?

五嶋  

香港でアルコールを提供する飲食店を開業するには、飲食店ライセンス、アルコールライセンスを取得しなければならず、日本では想像できないくらい厳しいルールをクリアしなければなりませんでした。語学の問題、ルールの問題などで当初、開業予定を2015年2月ごろと予定していましたが、施工などトラブル続きで、実際は、2015年6月にようやく開業となりました。

編集部 

香港のウェリントンストリートのお店は、どんな街なのか教えて下さい。

五嶋  

この一帯は西洋のお店、広東料理の実力店、昔からのローカルな名店がひしめき合う香港屈指の 飲食店街だと思います。徒歩5分以内に、飛び級の美味しいお店がたくさんありますし、10分ほど坂を上ぼれば、世界屈指のお金持ちが住んでいるエリアと言われています。うちのお店は、誰も通らない路地にあるので、場所を説明することが難しいのですが、隠れ家的存在としては、面白く思っていただけるようです。

編集部 

現在のお店の形態などをもう少し詳しく教えていただけますか。

五嶋  

カウンター6席、テーブル2席。料理は和食とフレンチの創作料理に、広東料理の要素をいれています。日本酒は無濾過生原酒を常温熟成させたもの、5年、10年以上の古酒を中心に30銘柄を熟成保管し、1ヶ月に一度のコースメニューの変更ごとに料理に合わせて7種のお酒を使用しています。香港は5月から10月まで日中夜30℃を越え、僕もお酒も初めての経験でした。日本でも酒を常温熟成し提供することが多かったのですが、ここではより素晴らしく味が出て、“香港熟成”の 可能性を感じました。もちろん、それに耐えうる酒質を選んで扱っております。

編集部 

香港で、ただ和食と日本酒を提供する店を出すというのではなく、「お燗酒をキーワード」に特化するということで、成功されています。サービス面で気を付けていることは?
 
 
GODENYA 店内

五嶋  

1℃にこだわることだと思います。これは温度の1℃もそうですが、一瞬の味、一瞬のこだわりをどれだけ提供できるかだと思います。「燗酒は1℃にこだわるんだ」という価値を香港の方の常識にするよう刷り込んでいます。丁寧につけた燗酒は世界に通用する味だということは香港では確信しました。

編集部 

語学の壁は、なかったのでしょうか。

五嶋  

語学に関しては中国語も英語もまったく話せない状況(スタッフも話せない)からスタートし、ようやく冗談も言える感じまできましたが、いまでも片言の英語でがんばっています。更なる努力が必要です。

編集部 

繁盛店となるために、香港スタイルに寄り添うような工夫はありますか?

五嶋  

香港のお客様の好き嫌い、特性に合わせることは一切やっていません。日本でもそうでしたが、GODENYAのスタイルを貫けるか、どれだけこだわれるかを行っています。
熱い香港で夏でも燗酒を提供し、お客様に支持を得るためには、とことん貫くことだと思いました。とはいっても結果がでた、今だから言える話ですが… 最初はドキドキでした(笑)

編集部 

香港で燗をつける中で、配慮されていることはありますか?ガスや電気含め厨房の環境面等で、日本と微妙に違って、「若干の微調整」が必要でしょうか。

五嶋  

温め方は日本でも香港でも変わりません。私のスタイルは“ガス火”で“鍋で湯煎”です。もしここで嫌われてしまったら「この人は燗を一生飲まなくなってしまう」というプレッシャーのもとお酒の長所を最大限に引き出した燗をつけています。

編集部 

それぞれの酒の提供温度を決めるのは、具体的にどのように決定していくのでしょうか。

五嶋  

利き酒をしてみて、甘味、旨み、酸味、含み香を捉え、どんなお燗にしようか、どの器で表現しようか考えていきます。ポイントとしては、アルコールの刺激を取り“柔らかさ”が出るように、そして冷やでは感じられない燗酒ならではのポイントを探り、味を開かせます。余韻の良さで、もう一口飲みたいなと思わせることができるようにしています。

編集部 

海外では、熱燗(銘柄表示も無し)は酒燗器で安酒、高級酒は冷やしてワイングラスでというような風潮もありますが、香港での燗酒の一般的イメージはどのようなものでしたか?また、微妙な温度でのお燗酒を最初から、香港人に理解してもらえましたか?

五嶋  

香港での燗酒のイメージは、きっとゼロベースだったかなと思います。面白いことに日本人は冷と燗を線引きしてしまっています。しかし香港の方からみれば、プロが「43℃」がベストといっているのでそれは、冷やでも燗でもなく、「ベスト」なのです。冷やと燗の線引きという 固定概念のない方が受け入れられやすいのかもしれません。また、香港の方は「冷たい飲み物は身体を冷やす」という東洋医学の教えが浸透しているので、お水も冷たいものよりも暖かいお湯を選択される方がたくさんいます。またプーアル茶など熟成茶、生茶など、燗を連想させるお茶の文化もあることから、燗酒は受け入れやすかったかもしれません。

編集部 

そんな風土を直感し、まず香港を海外初の地として選んだのですね。お客様はどのような方でしょうか。

五嶋  

うちのお客様は9割が香港の方、0.5割が日本人、0.5割が西洋人です。しかし客単価(2万3千円程度)もちょっと高めなので、お金をある程度もっている層のお客様です。よく日本の方に「香港の方にこの味がわかるの?」という質問をうけます。しかし、富裕層の香港の方は日本人以上に食への興味、行動力があり、勉強しており、繊細に味を見分けています。香港に来て「日本人は味覚に関して自信過剰になっている」ということを痛感し、恥ずかしくなりました。

編集部 

お燗酒と料理との提供するタイミング、スピード感などは、日本とは異なりますか?

五嶋  

個人差といってしまえば終わりですが、香港でも日本でも、食べるのが早い人は早いですし、ちびちび味わう人は味わいます。ただ、“料理と日本酒の余韻を楽しむ味遊び”をじっくり楽しんでいただけるよう、全力でサービスに取り組んでいます。
 
 
酒燗器各種

編集部 

五嶋さんの自分の人生計画はみんなにも見えるように書かれてあり、有言実行を貫いていらっしゃいます。まずは、五嶋さんのミッションである「日本酒を世界に!」の第一弾を香港で初志貫徹。次の海外拠点などは、イメージされていますか?

五嶋  

設計の中では、次のステップがパリと考えています。食でもっとも影響力のあるパリで燗酒の価値を創造することはやらなければなりません。香港でGODENYA、燗付け師の価値をある程度作り、近未来にパリに行く予定です。

編集部 

五嶋さん一人では、店を空けられないので、後輩の育成も必要では?教育は日本酒の品質管理からお燗のつけ方まで、多岐にわたりますが…

五嶋  

次のステップとして、第二、第三の燗付け師を育成する予定です。料理や食のことから育成していく必要があります。香港にて育成システムを作ります。

編集部 

サービスマンは、黒子で見えないように気配りができることが求められるというのもありますが、一方で、燗酒のパフォーマンスも一つの見せ場ですね!ソムリエのコルク抜栓の技術やデキャンタージュのプロの慣れた手つきにも、目を奪われてしまうこともありますが、、、お燗酒のパフォーマンスの技術等は 日々どのように磨かれているのでしょうか?美味しいお燗をつけるということでなく、見せる技としても気に付けておられるのでしょうか?

五嶋  

目指すイメージは、茶の湯の文化です。日本の美意識を燗酒で表現できるように日々気をつけていますし、ソムリエとは違った「美」を表現したいと思っています。

編集部 

日本流のサービスと心意気をぜひ、香港だけでなく、他の国でもお披露目してください。今後の具体的目標等がお話できるようなら、教えていただけますか。

五嶋  

2016年からは香港にて様々なイベントを行います。他店のジャンルの違うレストランや有名シェフとのコラボ、お祭り的なイベント、燗酒のレクチャーも開始します。酒造りの微生物の神秘を探るためにどぶろく的なものからになりますが、自分で日本酒も造ってみようかと思っています。香港では、酒造免許はいらないので…。他には、いろいろまだ公表できないこともありますが、近未来にパリ、NYと燗と料理の楽しさを伝えていきたいです。「燗付け師」というのは「燗する人」ではなく、「料理を更に美味しくするプロ」。だからこれからも日本酒のことだけでなく、世界中の食文化を勉強し、日本酒を世界の食中酒にしたいと思います。日本酒がワインに並ぶ、”世界の食中酒”になったとき、日本の地方、農業、食産業、伝統産業、文化が再興し、心豊な美しい日本の未来があることを夢見ています。

編集部 

今後の活躍に目が離せませんね。有言実行の五嶋さん。どんどん新化する「GODENYA」を通じて、各国で日本酒を咲かせてください!本日はありがとうございました。